桂離宮の周りを散歩した。

桂離宮の周りを散歩した。数日前だ。それは28日のことだったから、三日前の話だ。自分の住んでいるところから歩いてすぐに桂離宮がある。実はまだ中に入ったことはない。予約が必要なので、その手間をかける余裕がなくて、いつも周りを散歩するだけだ。

しかし、離宮の周りは住宅街で、観光客が周りを散歩して楽しむことは難しいと思う。自分のように地元の人間だけが静かな裏通りを知っているので、静かな散歩を楽しめるのだ。でもこの日は特に桂離宮を目指したというわけではない。

その日は寒い日だったので、散歩に出たことをちょっと後悔したのだ。でも、とにかく、日向を選んで、寒くないところ、数のこないところをと適当に歩いて行った。そしたら、突然、桂離宮に出くわしたという形だ。

離宮の前に、桂川がある。桂大橋の下に青いテントがある。そこにホームレスが一人住んでいるのだ。冬空だが、テントの中に、さらにボール箱で作った住まいがあり、そこに年中ある男が住んでいる。自転車を持っているようなので、缶集めをして生計をたてているのではないか。

50メートルほど離れたところには、桂離宮の豪勢な塀がある。塀と言っても、塀は笹?で覆われていて、殺風景な塀ではない。その上には、高い木々が、年代を重ねていて太い木だ。まさしく王家の豪華さを象徴するような塀である。

ホームレスと王家の豪華さの格差がちょっとしたコントラストになっている。このあたりを散歩すると自分はいろいろなことを考える。

 

[char no=1 char=”考える人”]人間は与えられた運命の中で生きていくしかない[/char]

王家に生まれた人は、金銭的には恵まれているが、自由ではあり得ない。数日前にビデオで『ローマの休日』を見た。オードリー・ヘップバーンが演じる王女がつかの間の自由な日を楽しむのだ。なるほど、王家に生まれると不自由なのだと思った。

かたや、ホームレスは、まったく自由である。何をしてもいい。でも金銭的な不自由さがある。などと、難しいこと、哲学的?なことを考えながら歩いたのだ。

橋のたもとの巨木を見上げる。樹齢200年ぐらいではないか。排気ガスに悩まされながら、ここまで生き延びてきた巨木にこれ以上のストレスをかけるべきではない。橋を移転させては、などと考えたりする。

右側が桂大橋になる。

これが塀だ。

入り口付近の庭

入り口は閉まっていてこれ以上は中に入れない。

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