研究倫理に関する研修会があった。


昨日、職場で研究倫理に関する研修会があった。講師の人の講演を聞いた。研究者の世界では、商売の世界のように頻繁にごまかしがあるわけではない。商売人達は、商品を何とか売りつけようと誇大広告するし、買う方は一銭でも安くしようと必死である。互いに、必死であるゆえに、いくつかの不正が生まれる。

研究者の世界では、一見お金とは無縁のようである。でも、本質は似たようたものである。研究者が関与する不正行為は、論文の剽窃、実験結果の意図的な変更、研究資金を研究以外のことに流用することなどが挙げられる。

研修会の講演で面白いと思ったことの一つは、署名をすると不正の件数が減ると言うことであった。研究倫理をうるさく指導している大学と、おおらかな大学での不正な論文の頻度は変わらないそうだ。しかし、研究倫理を守る旨の誓約書にサインをさせると、かなり不正論文の数は減るそうである。

やはり、公然と誓約をすると、人間はそれに縛られて不正をしづらくなるようだ。それだけ、言葉には重みがあるということか。

さて、小保方晴子さんのことを思い出す。STAP細胞に関して、Nature という雑誌に発表して、一躍時代の寵児になった。しかし、その実験の再現がうまくいかず、そこにデータの不正処理の問題が浮かび上がった。そうなると彼女の昔の論文まで調べられ、博士論文の序章はどこからかのホームページからそのまま盗用したことも明らかになり、博士号が取り消しとなった。また、そんな彼女の不正を見抜けないで博士号を授与した主査の先生方の見識まで問われてしまった。

彼女は、いろいろな事で悪口を言われるようになった。彼女は早稲田大学の入試を受けて理工学部に入学したのではなくて、AO入試で入学した点まで悪口を言われるようになった。

小保方さんの事件は日本中で評判になった。名声の絶頂から失意の谷底まで、彼女は天国と地獄の両方を見たのであろう。

私が思うには、彼女のグループは特に悪気がなくて研究をしていたのであろう。方法論的にはがっちりとはしてなくて、ややいい加減で、イケイケどんどんのノリで研究していたのではないか。荒っぽいけど、何とか論文にまとめあげて、Natureに投稿してみたら、何と受理されてしまった。普通は、だからと言っても、そんなに注目を浴びないのだが、論文の第一著者が若くて美しい女性であったこと、さらには、ノーベル賞を受けた山中教授と同じく再生細胞の分野の話であった。これでマスコミが飛びついてしまった。

本来ならば、Nature に掲載されたとしても、これほどは注目はされずに、なかなか実験の再現は難しいな、という一般の認識でいつの間にやら忘れられる論文であったろう。

小保方さん自身もこんなに注目されるとは夢にも思っていなかったろう。注目をされ始めた頃の彼女の新聞へのコメントだが、「マスコミの人は騒がないで、静かに見守ってほしい」というものがあったのを記憶している。今から推測するには、自分自身でも実験の危うさは十分に認識していたのではと思う。

昨日の研究倫理の研修会の講師の話を聞きながら、私はふと小保方さんのことを思い出した。彼女は、今何歳か。ネットで調べると36歳である。人生はまだまだこれからである。でも、背負ってしまった負のイメージは大きい。これから、彼女はどうやって人生を巻き返してゆくのだろうか。

 

 

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